当たり前のことを

先日、私が朝必ず見ているBS1の海外ニュース報道番組で、尖閣諸島の問題を取り上げる機会があって、そこで専門家の方が、今後日本が取り組んでいくべき課題について解説していた。
尖閣の問題自体は私には範囲外でとてもそれには触れらないが、その「すべきこと」について取り上げられていた中に、「対外広報の強化」という側面があった。
その専門家の方によれば、「日本人は当たり前、当然だと思っていることは言わなくてもわかるという気持ちを持ちがちだが、それは国際社会では通用しない。どのような小さなことであってもしっかりと主張すると共に、それを対外的に発信していくことが必要だ。」とのことであった。
このこと、宇宙開発広報でも非常に重要だと思うので、私としてもこの件について少し書いておきたい。

当たり前のこと、というのは非常に難しい。日本人的な性格としては、わかっていることは改めて言わなくても、「あうんの呼吸」で通じる、あるいは「根回し」しておけばいいという風潮はあるかも知れない。
また、最近では、「そんなことは勉強して当たり前」というふうにいう人も多くなっている。私自身が属するIT分野などはその傾向が強いように見えるが、そうでなかったとしても、「ググレカス」のような言葉が出てくること自体、まずは調べろということが暗黙の了解(この時点で暗黙だ、というところもポイントだが)になっているようである。

しかし、わからない人というのは、そもそもどこから調べていいのかわからないのである。
ネットで検索して答えを見つけるというのは、簡単そうにみえて意外に難しい。
試しに、まったく何もわからない人に、この前のイプシロン打ち上げになぞらえて「固体ロケットと液体ロケットの差を調べろ!」と言ったとしよう。学校の授業だったら子供たちは必死になって調べて答えを見つけるかも知れないが、ふと思った疑問に大人が労力をつぎ込んで答えを出すだろうか?
いや、もちろんする人はするだろうが、私自身の感覚から言って多いとはいえない。

試しに、Googleで「固体ロケット 液体ロケット 違い」というキーワードで検索してみると、最初に出てくるのはJAXAの宇宙情報センターのページである。このページ自体非常によくできていて、私もよく活用するのだが、果たして一般の人に、推進剤とか、酸化剤といった言葉がすんなりと頭の中に入ってくるだろうか?
私たちは宇宙開発の業界にいるので、推進剤や酸化剤という言葉は当たり前に使うし、仲間同士でも別に疑問もなくそういう言葉をやり取りする。でも一般の人まではそうとはいえないだろう。

ここで思い出すのは、月探査情報ステーションのある出来事である。
それまで月探査情報ステーションでも、「一般の方になるべくわかりやすく」ということをモットーにしてページを作ってきたが、やはり、どうしても言葉、内容のギャップというものが存在した。私たちが当然と思っていることであっても、一般の人が知らないということが多かったのである。それを思い知らされたのは講演の席であった。
講演が終わったあと、ごく基本的な内容の質問…例えば、「月はなんで表をいつも向けているのですか?」とか…を受けたりする。これに対して、例えば「公転と自転の周期が一致しているからですよ」と答えたとして、果たしてその人は公転と自転という言葉がわかるだろうか?仮に知っていたとして、両方をイメージできるだろうか?

そういう疑問の中で作っていったページの中に、「今年の中秋の名月はいつですか?」というQ&Aコーナーがある。
私たちなら理科年表なり何なりをあたって調べるし、あるいはニュースでいうかも知れない。でも、理科年表の存在も知らず、ニュースもみていない人がいきなり「中秋の名月はいつ?」とネットで検索して、その答えを得ようとしたら…
私も当時、「そんな当たり前のことなんて検索して調べるんじゃないの?」と思っていたが、スタッフとも話したりしながら、ある意味「試しに」Q&Aにその項目を付け加えた。
今やこのQ&Aページ、中秋の名月に近い時期(ちょうど今頃)は日に3000ページビューを数えるほどの、サイト1の人気をかっさらうようになってしまっている。

自分にとっての当たり前は、人にとっての当たり前ではない。
であれば、どうすればいいのだろう?中秋の名月のQ&Aでもあったように、「そんなことみんな知ってるよ」という先入観を捨てて、まずはしっかりと記述していくことが必要なのだと思う。
それには、一般の(宇宙業界外からの)人からのインプットが重要である。メールを頂く、ツイッターでの反応を受け止めるというのもあるが、やはりいちばんいいのは、講演など、リアルな場所で会話することである。
そういう場所で受ける質問や反応は、本当に助かるし、私たちの目をはっと見開かせてくれるものが多い。「あ、こういうことがわからない元になっていたんだ」というようなことが必ずあるのである。
そういった点をていねいに解決していくことこそが、宇宙開発への障壁を下げていく広報、というより「対外活動」(アウトリーチ)の重要な側面になるのではないだろうか。

とはいえ、日々の更新に追われている現時点で、実は月探査情報ステーションにも自転や公転を解説した項目はない。
いつかこういうことをわかりやすく解説するページを、どこかに作らなければならないといけないな、と思っている。

当たり前のことを、しっかりと解説し、わかりやすく伝える。
実はいちばん難しいことでもあるのだが、だからこそ広報のプロとしてチャレンジしがいがあることでもあるだろう。まだまだ、挑戦は続く。